1991年-結成

スウェーデン中央の東側、Ostergotlandの中のLinkopingと言う街が彼らの故郷。
高校時代の同級生5人でバンドを結成しました。
Cloudberry Jamと言うキャッチーな響きのバンド名の由来は、メンバー御用達の中華料理屋のデザートの名前
インディーズ時代の彼らは、多くのギターを使用する典型的なギターポップバンドでした。

1992年-メジャーデビュー

この年、彼らは、EP「LA LA LA」 でメジャーデビューを果たしますが、その頃の音楽性は現在とはかけ離れたもの。
彼らは独自の音楽性を追及し続けていたのです。
Sixties,Jazz,Latin Americanと言ったジャンルのエッセンスを取り込む事で成功したモータウンバンドの様に、多様な音楽をミックスする事で独自の音楽性を築き上げたのです。

1994年-評価

2年後の1994年春、6 Track CD「The Art of Being Cool」をリリースしました。
その夏、Emmaboda,Arvika,Dalarocken等で行ったライブでは、音楽性と楽曲に高い評価が得られたようです。
その頃は、母国スウェーデンでの活動が主でしたが、Japan Quattro Labelからのアプローチにより、日本でのCDリリースが決定。
それは秋の終わり頃、コンピレーションCDと言う形で発表され、彼らの他に母国スウェーデンからは、Egg stoneとRay Wonderらが参加。
日本、オーストラリア、イギリス、スペインなどのポップバンドも参加しました。

1995年-日本デビュー

この年の4月下旬、母国では「Blank Paycheck」と言うフルサイズCDを、 日本では前年リリースされた「The Art of Being Cool」と「Blank Paycheck」を合わせた「CLOUDBERRY JAM」を発表しました。
(彼らは、これを本当の意味でのデビューと捉えている様です、私も、日本でのデビューが彼らの転機であったと思います。)
8月には来日、プロモーション活動を行いました。
その甲斐あってか収録曲「ELEVATOR」はスマッシュヒット!CDの売上は好調で、9月までに5万枚のセールスを記録しました。
11月22日には彼等が所属するNONSレコーズのコンピレーションアルバム 「big smile from big snowflakes city」に、 「safer place」「c-song」を提供します。